医学物理士会会長 遠藤真広 平成21年12月

今年の日本医学物理学会(JSMP)の秋季学術大会は、日本放射線腫瘍学会(JASTRO)の学術大会と合同開催になりました。私は、このJASTRO 大会で久しぶりに一般口演の座長を務めました。といいますのは、今年の3月に放射線医学総合研究所を退職するまでの3年間は事務管理的な職に就いていたため、学会出張ができるかどうか定かではなく、座長依頼を断ってきました。それが晴れて「自由の身」となったため、座長を務めさせていただいた次第です。座長を務めたセッション名は「物理-6」でした。発表者は主として診療放射線技師(以下、医療技術系と呼びます)であり、それぞれの施設で新装置を導入する際の経験をまとめられていました。私が感心したのは、単にファントムで測定するだけでなく、臨床データの解析にまで踏み込んでいた演題がいくつかあったことです。

 ファントムでの測定は、実は理想化されたモデルであり、実際の臨床データはより複雑なため様々な要素が紛れ込みます。物理屋と呼ばれる理工系出身者は、往々にしてこのような複雑さを切り捨てて、単純化したものを好みます。単純化、モデル化は問題解決の一つの方法であり、排除すべきものでないのは当然ですが、現実と遊離したモデルのためのモデルでは問題解決には役立ちません。私が憂慮するのは、理工系出身者がこのようなモデルのためのモデル研究に陥りがちではないかということです。特に最近、この世界に入ってきた若い人たちにそのような陥穽にはまる方が多いのではないかと考えています。

 このような状況の中で、医療技術系の方たちが、臨床データの解析により、現実に立脚した研究を行っているのはまことに心強いことです。私の経験から言っても臨床データは研究者にとって宝庫といえ、それを現実から生じた問題意識にもとづき解析することにより、医療レベルの向上に役立つ多くの新しい知見が得られます。ただ、現実は複雑であり、様々な要素が絡み合っています。これを解きほぐし正しい結論に至るには、筋道たてた思考力とときにはモデルを用いた実験による検証も必要になります。また、統計数学などの知識も必要になることもあります。私の見るところでは、理工系出身者にこのような能力を持つ人が多く、その能力がうまく発揮された場合、複雑な問題も要素の組み合わせとして理解され、比較的容易に解決の方向に向かいます。

 良く知られているように、我が国の医学物理の業界は医療技術系と理工系の2つのバックグランドの人たちにより構成されています。現在までのところ、その間の研究上のコミュニケーションは十分とは言えません。しかし、一方は問題を把握し、必要なデータを取る術を心得ています。他方は、正しく問題を解く点で、いくつか優れた点を持っています。したがって、私はこの両者が十分に協力することにより日本の臨床医学物理が発展すると考えています。両者の協力の場は、第一義的には学会ですが、日本医学物理士会もそのような場として役立つべく努力していきたいと考える次第です。